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ファニーゲーム(1997年)オーストリア
監督:ミヒャエル・ハネケ
原題:FUNNY GAMES
ファニーゲーム

「良い映画ってどんな映画の事を指すのだろう?」と時折考える。
演出的技法や美術、脚本、役者、もちろん映画から受けるインスピレーションなど
様々な角度から検証が出来るとは思うが、別に映画産業を生業にしていなければ
技術論はそれほど重要でないのかもしれない。
さすれば映画を観てどう感じたのかが映画の良さの重要な要素と言えるのではないだろうか。

ヒューマンドラマを観て感動した、あるいは涙した。
ホラーを観て恐怖を感じた。
コメディーを観て、笑った。
ドキュメンタリーを観て、憤りを感じた・・・などなど
これは映画を観て、感情が動かされた結果だ。
感情が動かない作品はまず間違いなくつまらない(その人にとって)作品だ。

ファニーゲーム

この『ファニーゲーム』は他の方のレビューを拝見しても、
観た人の感情を大きく揺さぶっている事が分かる。
しかしかなり評判が芳しくない。
それはこの映画が揺り動かす感情は“不快感”だから。
感動、喜び、笑い、こう行った感情はプラス方向の感情だからまだ分かる。
しかし、悲しみ、恐怖、こうした負の感情を揺り動かす作品も高い評価を
受けるのに対し、何故“不快”を極めた作品は評価されにくいのだろうか。

ファニーゲーム

“不快作品”。
このようなジャンルがあるかどうかは知らないが、
実はハネケ監督の他にもラース・フォン・トリアー監督やギャスパー・ノエ監督、
古くはパゾリーニ監督 などは、“不快”を追求していると言えよう。
実は私自身はトリアー監督やノエ監督作品はどちらかと言うと好きでは無いのだが、
どうも一般的には逆の傾向があるように思う。
トリアー監督やノエ監督作品監督は映画を制作することに熱を感じるのに対し、
ハネケ監督の作品は熱の無い、冷たい無機質な感触がある。
そういった差異が好き嫌いを決めているようにも思う。

私はこの冷たい無機質な雰囲気が好きだ。
無機質な日本刀や拳銃、あるいは調理器具などに美しさを見出すのと
同じ心理がそこに働いている。
ハネケ監督の作品は美しいと思う。
この『ファニーゲーム』ほど的確に不快のツボを刺激してくる作品は稀有だ。
心理学を学んだハネケ監督の怜悧な演出が冴えわたっていると言えよう。

ミヒャエル・ハネケ
(ミヒャエル・ハネケ監督:なんとなく宮崎駿感と監督に似てる)

映画という虚構に対する問いや映画の価値など、
様々な問題を観客に突きつけてくるこの『ファニーゲーム』は
つまるところ自分と向きあう映画なのかもしれない。

この作品は映画を鑑賞する人につきつけられたリトマス試験紙だ。

ファニーゲーム

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